終活としての断捨離

よく、故人が残したよく言えば遺品?

悪く言えばただのゴミなるものの処理が

死後、遺族を困らせることは珍しいことではなくなっています。

そう、はっきり言って相続できようができなかろうが、

遺産といえるほどのお金や不動産だろうが

面倒さや揉め事の原因となるならば火種は少ない方がいいのです。

 

本来ボケてもいず、元気なうちに遺言書なり作成し

できるだけ遺族が困らないようにして旅立つことが故人の最後の仕事と思うのですが、

大抵の人はそんなこと考えておりません。

自分の死んだ後のことなんてどうでもよく、

今現在の自分がよければそれでいいと考えている人が多数ですので、

断捨離なんてもってのほかなのですから。

 

自分の持ちものを断捨離する分には全く構わないのですが、

家族のものを断捨離なんてしようものなら故人ならともかく、

生きてるうちからそんなことをすると地獄の窯のふたを開けたような騒ぎにもなりかねません。

それだけ難しいものなので、ずるずると引っ張ってしまい死後まで持ち越されることになるのです。

死んでまで持っていけないのに。

 

私の祖母は明治の女であまり裕福ではない家庭に育ち、

しかも戦争なども挟んで生き抜きましたので、ものを大事にする性分でした。

節約もし借金もなしで夫を見送り子供たちを育て上げ、

結婚させ年金も60歳からちゃんともらえる年代でしたので、

一人で自活し病に臥せってなくなる最後まで一円も子供たちからお金を出させませんでした。

 

自分の貯金のみで医療費から葬式代、墓場代までだすというなかなかできない人で、

その点は親戚中から褒められたのですが問題は家家屋でした。

前述のとおり物がない時代に育った人なので、ものを大事にしすぎて捨てられなかったのです。

家の中のいたるところに廃品回収にも持って行ってもらえないゴミが山積みでした。

 

あまりにも物が多いと処分してもしてもきりがないということをこの時初めて悟りました。

いっそのこと家ごとぺしゃんこにして、

どこかの国のように地面に丸ごと埋めてなかったことにしたい

と何度もみんなで思ったほどです。

 

一度祖母の存命中、祖母の見ていない時にこっそりゴミ捨て場に捨てに行ったものもあります。

ところがどうやってかぎつけたのか、翌朝にはその物はちゃんと祖母の自宅内に戻っていました。

ゴミ捨て場に捨てられていた物を見つけた祖母がちゃんと戻しておいたのです。

戻したからと言って使うわけでもないのにと呆れてそれっきり捨てるのもあきらめてしまいましたが、

本当に死ぬまで手が付けられなかったのです。

 

結局ついに値を上げた私たち遺族は、

電話帳で調べた遺品処理業者(という業種が最近あるのですね)に連絡をして

見積もりに来てもらい、家の中身99%まるまる処分を任せました。

 

家具でも着物でも家電でも売り払えるものは何もなく、

家も雨漏りなどしていて誰も住まないのに修理するのも馬鹿らしいので

解体して更地にし土地を売ることにして終わりました。

 

歳を取ると何もかも面倒になってくるのでやりたくない気持ちも十分わかるのですが、

気力体力のあるうちに身辺整理をしておく方が死後遺族に葬式の間中悪口を言われなくても済むのです。

それ以来、親戚中で祖母を反面教師として、

70歳を超えた人から身の回りをコンパクトにし始めるということが密かに浸透しています。



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