どうしても必要なものだけを持つしかないという生き方

ライターという仕事をしていると、生活や収入が安定しないぶん

居住地や生活リズムなどは自分の自由になることが多いのです。

もちろん一人暮らしであれば持ち物も自由になりますし所帯を持っていたとしても

自分に関するものは、パソコンだけということも可能です。

 

今、時代の焦点が当たっている「断捨離」ということについて特に深く考えたことはないのですが

文章を書いて口を糊するという仕事をしている私が主に海外旅行関連の記事を得意としているということもあり

アジア諸国の暮らしやすそうな場所を転々としていて

「そういえば自分の行動パターンは朝から晩まで断捨離の連続だな」と感じています。

 

会社員を辞してからフリーランスになりこの20年位の間、日本にいた時間がのべ2年間ぐらいです。

日本に不動産を持っていませんので、日本にいる間は父母や姉のところに居候です。

当然居候ですから自分の家具などを持つことは許されず、

断捨離どころかむしろ旅行者と言うか日本にいる時には銭湯に入ったり古本屋を巡ったり

日本でしかできないことをして過ごします。

 

あくまでも居候として日本にいるだけですから、

パソコン関連やスーツケースに入る程度の身の回り品以外は最初から購入自体しません。

職業柄、書物だけは大量に必要になることもあり、また趣味としてどうしても手元に置きたいと言うことも生じます。

そういう場合は本当にどうしても必要であれば、今は電子書籍がありますのでパソコンにダウンロードします。

電子書籍で入手するほどの必要性を感じないものに関しては、

読み切ったら捨てることを前提に通販の古本ショップでできるだけ安く入手します。

仕事で使うような辞書やガイド類などは迷わず電子書籍で手に入れ、

そこまで必要ではないものはなるべく100円で手に入れ必要になる度に買い直すという発想です。

飛行機で外国に出かけていくにあたって荷物の積載量には上限がありますので

単価が安い割には重量の重い書物というものでスーツケースをいっぱいにするわけにはいかないからです。

 

貧乏性から始めたこの書物への習慣ですが今となっては結果オーライになっています。

ガイドブックや実用書などは何度も必要になる場所というのは決まっていて

その何度も使う部分だけ持っていればいいということになりますので

必要な部分を破いた物をあつめてクリアファイルに入れるという習慣ができ

暇の時にその重要部分だけ何度も読み返すので情報収集が非常に効率的になりました。

飛行機会社が重量制限をしてくれたおかげで追い詰められて

必死の断捨離に走った私の知的作業か効率化したという皮肉な一例です。

 

昔の偉人、日本の明治維新期や、古代中国の科挙の試験期などの記録に覚えた端から辞書を食べた

などという逸話が残っていますがこれは究極の知的活動の断捨離かもしれませんね。



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