自らの手では到底不可能です。

部屋のなか押し入れのなか物置きのなか

果ては車のなかとありとあらゆる居住空間

すべてに信じられないほどの存在感を放つ物、

それは雑誌を主とする本であります。

 

私はもともとマンガを読む人ではありませんでした。

せいぜいドラえもんやこち亀などの読みきり物が数える程度あったくらいです。

 

ところが思春期を迎えると私の性格上地獄への道を進んでいくことになるのです。

その性格とはひとつの物事にとことん追求するものではなく、

ちまたで流行のことにはもちろんのこと、

自分自身少しでも興味を抱いてしまった全てに関して

広く浅くを徹底的に求めてしまうという性格だったのです。

 

ですから当然ジャンルも様々でファッション雑誌音楽雑誌スポーツをはじめとする

娯楽系の雑誌ときには女性誌など多岐に渡るものです。

ただ表紙に好きなタレントさんの写真が使われているというだけで買ってしまい

中身は全く見たことも無いといったものも多数あります。

 

普通なら読み終えたら処分となるのでしょうが、本に限った事ではなく兎に角捨てれない人なのです。

当然家族からは処分するように促されますが

価値観の違いというのでしょうか自分の手ではどうしても処分できないのです。

ほとんどは決して取り出して見る事の無いものですがやはり捨てるとなると踏ん切りがつかないのです。

 

そこで強硬手段をとる以外の方法はないので、

どうしても絶対手離したくない本を選別し後は家族に処分をお願いするという残忍な手段です。

十文字のひもに縛り付けられた可愛い本を見ると中にはしまったと後悔する物もあります。

しかしガマンです。涙ながらにごみ焼却場に直行です。

 

ホントに悲しくて泣いてしまうのですが、それも一過性にすぎず

しばらく経つと元通り本は自然と増えていきますので

もはや家族からは見放されてしまう状況ですので自らとの闘いに挑み、

泣く泣く順次処分するようにと努力しました。

 

これは一種の依存性であり中毒でやめても繰り返してしまう

例えは悪いですが薬物中毒と同じで手離すと禁断症状をおこして、

自然と足が書店へと向いてしまうのです。

ですから、買うという行為自体を辞めるようにしています。

 

家族も協力的で、たまると処分またたまると処分とひもで縛って山積みにしてくれます。

ありがたような迷惑なような気持ちですが

そうでもしてもらわない事には自分自身では到底不可能なのです。

 

断捨離とは本来己との闘いであり、己に打ち勝たなければならない行為だと思いますが、

私の場合は家族の協力による強制断捨離です。

 

やがて50歳になろうとしているいま、ようやく己自身での断捨離が出来るようになりました。

本の断捨離は成功しつつあります。

 

さて次なる断捨離はCDとDVDですね。

なんだか出来そうな自分がいます。

レッツ!断捨離です。



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