断捨離を一度始めてからのそれから

私がいわゆる断捨離をするようになったきっかけは今から9年前です。

その年中に引っ越そうと何となく決めつつも、

行先のまだ決まっていなかった4,5か月前から徐々に断捨離を始めたのでした。

その時の動機はシンブルに引っ越しの荷物を減らす、ただそれだけでした。

 

元々物を持つのが好きな性格でも無いので、捨てる量もそれほどではなかったと記憶します。

ただ今振り返るとその後の断捨離と比べて年若かったせいか、

シンプルに今後必要かそうでないか、ただそれだけで淡々と決めていって捨てることができ、

時間がかからなかった気がします。

 

例えば学生時代のアルバムやもろもろの写真。

普段開いて見てみるのはいつか考えてみたら、

たまの整理に物を動かしてみて、ちょっと見えたから開いてみる程度です。

アルバム制作に渾身込めたならともかく、

私はそこまでの思い入れもなかったので必要はないと思って捨てました。

わざわざアルバムに残さなくても、自分にとって印象の濃い出来事、

大切な人達のことは自分の想いの中にあって

ハードカバーのアルバムを開かずともすぐに出てくるわけです

ただ、いい写真だけは選りすぐって残すか、PCに取り込みました。

その他にも場所をとってはいるが使う頻度が低く維持費のかかるものなど処分しました

 

この時から数年たった今この断捨離は悪くなかったと思います。

最近一人暮らしの祖母が一軒家を自力で維持していくのも大変になってきたので

家の片づけを手伝うことになり、徐々に進めるうちに

当然写真アルバムや大小さまざまな写真がしまってあるのを見開くことにもなりました。

祖母の意外な一面や知ることのなかった面を垣間見、

本人から直接話を聞くときに家族として祖母という一人の人に

より親しみを持てることにアルバムの良さがあるといえます。

 

ただ今となっては訊いてみても当の本人さえ写真を見ても思い出せないことが多く

「いろんなとこ行ったけど、書いておかないとどこかも全然わからない」

と本人が嘆くありさまで一抹の寂しさがあります。

もう少し早く、本人が忘れてしまう前に伝えることはできなかっただろうか、

アルバムをしまっておくぐらいならいつも眺めて

それについて話せる場所に選りすぐりの数枚もしくは

一冊を置いておくことはできなかったんだろうか。

それでやはり断捨離の意義を思います。

 

つまり、本当に自分にとって大切なことが何なのかを自分自身で定期的に確認し、

無駄はそぎ落としつつ大切なものを常に使い、

それに沿って今の自分自身(の持つ時間、機会など)をより良く後世に伝え用いることができる、

と思うのです。

 

私は結局その年末に引っ越し、今現在まで毎年途切れることなく断捨離をしています。

依然買い物もしますが、年を重ねるごとにものが減っています。

以前は愛着があってこれは絶対捨てない、というものもありましたが

断捨離を重ねていくうちにそれらのものが無くてもどうにかなってしまうことに気づきました。

 

時間を要することも時にありますが、

決定を重ねるうちにより自分自身や自分にとって大切なものがくっきりとしてきて、

無駄な買い物が減りました。

 

「これがなきゃいけない」「これが欲しい」という物に対する執着が減り、

移動にかかるエネルギーも減ったので、

思い立ったらすぐに行動し易い身軽さを得、

新しいことや変化に差し当たっての大きなプラスになっています。



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