いい断捨離はいい人生へと繋がる

綺麗に片付いた部屋にいたいから、

という理由で物を捨てるのはまだ不十分な動機だ、と思えます。

 

自分がどうしたら快適な思いで過ごせるかは、

イコール自分の生活スタイルにあった部屋を作り上げることだと思うからです。

そしていい断捨離をすれば、いい人生に繋がる、そんな風に思えます。

 

それは「家を建てる」ことと違って、

どんなところに住むことになっても変わらないと思うのです。

 

今の私なら、たとえホームレスになっても快適でいられるという、

変な自信すらもてるようになりました。

いい生き方に繋がらなければ、断捨離とて、意味があるのかとさえ思ってしまいます。

 

私がそう思ってしまう理由は、ある知人の話がきっかけです。

彼女は、絶えず掃除し、夜も家族を巻き込んで片付けをしています。

だから心やすらぐ時がないということでした。

そしてとにかく何でも捨てるのだそうです。

それが彼女の独断目線でだそうで、家族旅行の思い出の品物もとっておかない、

我が家には何もないから綺麗だけど・・と言葉を濁していました。

 

ここから思えるのは、家族の居心地のよさ、

というのも自身と切り離して考えることはできないこともある、ということです。

なんでも度を超すと心の病を引き起こしかねません。

 

私自身はもともと物欲はないし、余分なものを置くのも好きではない性分なので、

キッチンマットもトイレマットも最初から要らなかった。

それって、洗い替えも必要だし、汚れてると思ったら拭けばいい、スリッパを履けばいい、

所詮マットだって汚れるんだから、と思ってしまいます。

何も置かないほうが逆に効率もいいともいえます。

 

掃除道具もあれこれ要らない、ブラシやスポンジ関連は、

食器洗いの際に使うスポンジしか持っていません。

気に入ってる掃除洗剤少しとタオルくらいで十分ではないか、と思えるのです。

そのタオルを目立たない箇所に配置しておけば、いつでもさっと掃除も可能です。

 

あらゆるものはそれがあるべきふさわしい場所がある、とも考えています。

だから快適な睡眠を求める寝室にテレビは置きたくないし、食べ物も持ち込みません。

食事する台所にヘアセットやレシピ本以外の書籍も置かないし、

洋服が放置されていることもありません。

そんなマイスタイルがすべての人に当てはまるかと言うと決してそうではないとも思っています。

 

「いやいや・・君、そうは言ってもね」と、言いたい部分こそが個性的なのだと思う。

自分はこれがあったほうがいいんだよね、

と思えばそれはその人の居心地のいい空間だからでしょう。

 

それにしても、うちの子は散らかし屋さんで、始終捜し物をしています。

時間の浪費になる生活空間にだけはしないほうがいい、と思います。

物があちこちにあること、視線の先に幾つも障害物があると、

それは意識も散乱しやすくなると思えてしまいます。

そういう意味では、少し寒くても、決まって風を通す時間をつくることは、

部屋に新鮮な風を呼び込むいい習慣づくりと思います。

 

普段の「無意識にそうしてた」は、案外麻痺してしまって気づきません。

本当に自分が求めているお城作りは、カタログにも掲載されていないから、

あくまでも参考にすぎません。

 

ゴミ箱一つの形状にしても、ゴミ箱は必要だけどこれは好きじゃない、

と思えばそれを手放して、安くてもお気に入りの物に代えるほうが「心」にはいいと思えます。

本当に不必要なものを見極めて手放し、居心地のいいワンマイスタイルを提案したいと思います。



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