断捨離をして気持ちも運もあがったお話

以前から整理整頓、部屋を綺麗にする、など「部屋の掃除」の本というのはたくさん持っていたが、

読むだけ読んで、影響されて実践はするが、

結局目に見える部分だけ綺麗に整えられただけで、

見えない部分(引き出しなど)はぐちゃぐちゃのまま。

それでも「綺麗にした」と自分に言い聞かせて、今まで掃除というものを行っていました。

 

そんなときに「断捨離」がテレビや雑誌で取り上げられて、空前の断捨離ブームが起こっていました。

そのブームに便乗するかのように、わたしも特集された雑誌や、

実際に「断捨離」の本を購入し、読んでいました。

 

ちょうどその時はフリーターということもあり、基本的には暇を持て余していた頃で、

本を読んでいるうちに、楽しくなり、「断捨離をしてみようかな」と思うようになりました。

 

いままでの部屋を片付けるという本は、綺麗に飾る、毎日掃除をする、

綺麗に服をたたむ、収納を増やすなどの

今、自分が持っているものを、効率的に綺麗に整理整頓できるかというものがメインだったかと思います。

しかし、断捨離はまったくその考え方ではありませんでした。

 

シンプルに言うと、使ってないもの、いらないものを捨て、ものの依存から離れる。という発想でした。

「いらないものを家に住まわせて、それに対して家賃を払っている」

ということが書かれていた時に、衝撃が走りました。

 

たしかに、ふっとわたしの周りを見渡せば、六畳の部屋は、服やら荷物やらで圧迫され、

押入れに入らないものはベッドの下や、ものが入らないという理由でカラーボックスを置いたり、

着替えた服は椅子の背もたれにかけたり、

たたんだ洗濯物はベッドの上に仮置きしてそのままであったり、

ものの定住地がなく、いったりきたりしている状態でした。

 

六畳もある部屋なのに、実際行動できる範囲というのはベッドを除いて、4畳もないのでは?と感じました。

知らないうちにものが増えていると気付き、その日のうちに「断捨離」の行動を開始しました。

 

断捨離の本でしっかり予習をした私は、「物を捨てる」モードにはいり、

「今の自分に必要なもの以外は処分する」という目線で、ゴミ袋を広げました。

押入れはぎっしり詰め込まれていたので、ほこりっぽい・・・。

普通なら、それだけでももうすでに掃除する意力は半減します。

しかし、今のわたしは「断捨離」をしたい!という気持ちしかなく、

わくわくしながら、未開の地を切り開く冒険家になっていました。

 

そこには、高校、大学の授業で使用したもの、昔描いた下手な絵、

お土産としてもらったもの、好みではない服。

明らかに今の私には必要のないもので、

とりあえず捨てにくいから取っておいたものが山積みされていました。

 

「断捨離」フィルターがかかった私は問答無用で、これらの物をいっきに捨てました。

高校、大学の授業のものは、私の身にしみついているものであり、

今後も使う可能性はとてつもなく低いのでゴミ袋へいきました。

昔書いた絵なんて、こんなもの黒歴史・・・

もし私が今死んだらこれを処分する親の身になってみろと思い、

即処分をしました。

 

もらったものは一番処分しにくかったですが、「ありがとう」とひとこと添えてゴミ袋へいきました。

好みではない服も、いずれは着るだろう・・・と思いながら

ずっとなんとなく隅っこに追いやられていたものでした。

しかし、改心した私にとって、それは「邪魔者」でしかなかったのです。

押入れは、まさしく「負」のオーラをまとったものでした。

気の流れが悪いような気がして、早くここを片付けなければと思いましした。

そんなものの中で寝ていたと思うとぞっとしたのを覚えています。

 

気づいたら寝る間も惜しんで作業をしていたのを覚えています。

それが一週間ほど続いていました。

結果ゴミ袋は10袋以上にも膨れ上がり、はやくこのゴミを家の外から追いやりたいと思いました。

こんなにも不要なものと生活をしていたのかと思うと、本当に馬鹿らしくなり、情けなくもなりました。

どれだけものに依存していたのだろう、お金がもったいない、

今度から本当に必要なものを見極めて買おうと心に決めました。

 

本当に必要なものしかない空間は実に清々しく、綺麗な空気が流れているような気がしました。

身軽になった気がした私は、就職活動を開始し、すぐ受けた面接で採用されました。

偶然?と思うぐらいに話はとんとんと進んでいったので、「断捨離」の力、恐るべしと感じました。

 

今でも、ふっと気づくとものは溜まっていきます。

そういう時は「ものに家賃を払っているのか」と思うと、体が勝手に行動してしまいます。

ものを買うときは「本当に必要なのか」と吟味して買う癖をつきました。

こういうところで断捨離の精神は身についているのだなと思います。

 

「断捨離」はやりすぎると、捨てすぎてしまうことがあるかもしれません。

しかし「思い出」というものは捨てれません。

断捨離の精神である「今の自分には必要はない」かもしれませんが、

これがなくなったら悲しいと思う気持ちがめばえたら保留すればいいのです。

一気に捨てすぎるのは良くないです。

時間をかけて、いらないもの、いるものを見極めることも大事かと思います。



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