断捨離のきっかけ

「断捨離」と言う言葉は私になかではまだ新しいものです。

5年位前、私は左側の背中から腰にかけて痛みを感じるようになり、

総合病院で診察してもらうことにしました。

 

まず、総合診療科というところへ行くように言われました。

血液検査をしてもらった結果「腫瘍マーカーの値が非常に高い」と言われ、

ペットと言う検査を受けるように指示されました。

「膵臓がん」の疑いでした。

疑いと言われただけでもう「絶対がんだ」と覚悟を決めました。

 

結果が出るまでの2週間、私は家の中の自分の不要なものを思い切って捨ててしまおうとおもいました。

それが今の断捨離というものだったと思います。

衣類を中心に使わなくなったバッグ、靴、など全てというわけにもいかず、仕分けするのが大変でした。

 

断捨離を済ませてすっきりしましたが、要らないものの多かったことに驚きました。

また、病気のことを思うと気分は落ち込むばかりでした。

まだ、結果が出たわけではないのに、人間って弱いものだと悲しくなりました。

 

夫にはその日からご飯の炊き方や掃除の仕方、洗濯の洗剤の入れ方から電源の入れ方、

タイマー予約など家事全般を伝えました。

その時も要らないものはどんどん始末していくようにお願いしました。

 

そして、結果の出る日夫についていってもらい、心臓をバクバクさせている私に先生は

「何も心配するようなことはなかったです。腰から背中への痛みは筋肉痛でしょう。

今日の数値は平常通りになっています」と言ったのです。

 

ありがたいことなのに、「この2週間の私の苦しみは何だったの?」と腹が立ちました。

でも、家に帰ってすっきりした気持ちとすっきりした家の中を見て、断捨離は必要だと思いました。

 

今回は幸い死とは関係なかったですが、人にはいつか必ず死がやってきます。

母は「50歳になったら身の回りの始末をしなさい」と言っていましたが、今の時代50歳は若すぎます。

でも母の時代から「断捨離」とは言わなかったけれどその教えはあったのだと思いました。

両親の形見分けをするのがとても悲しかったので、私はこれからも断捨離を常に心がけていきたいと思っています。

もう終活と言うのかもしれません。

 

趣味で集めている便せんや封筒はこれからはメールの代わりに使おうと思います。

また置物やお土産の民芸品は一つにまとめておこうと思います。

 

最近、とっても大切にしていたピアノを処分しました。

後の人たちがこれは一番困ると思ったからです。

つらいことでしたが、ここには帰ってこない子供たちには必要の無いものです。

 

今取りかかっているのは書物です。

夫も私も本を買うことは贅沢とは思わなかったので5つの本棚にいっぱいです。

最終的には家を売りたいと思っているので、そこに行きつくまではもう少し元気で頑張らなくてはなりません。



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