ウチも断捨離しなきゃと思えた日

「ウチ断捨離しました」

というテレビ番組を見て我が家も断捨離しなきゃと思い立ちました。

 

ふと気づけば賞味期限の切れた食品が冷蔵庫や引き出しを占領しているではないですか。

まだ食べられる、いつか食べると思いながら食べずに

ほっとかれた乾物や粉ものはミイラ同然だったのです。

 

それらを一気に捨てるとキッチンの引き出しは軽くなり開け閉めもスムーズになりました。

これまではこんなことはなかったので意識が変わったことに自分でも驚きました。

 

断捨離したいと挑戦しても、捨てる物がないという答えしか出てこなかったのです。

家の中は物だらけだというのに。

 

視点が変わらないうちに他の場所も見てみると、

意味なく100均のプラかごを並べた洗濯機の上に気付きました。

その中には使わない入浴剤や旅先のホテルでもらったカミソリや使い捨て歯ブラシなどが場所を取り、

ここにも意味の無いいつか使うかも精神が形となって私に日々小さなストレスを与えているのでした。

 

使わないのに捨てずにとっておく物からは「いつ使うの?」という無言のプレッシャーが発信されるのです。

気分よく暮らせないのはこんな家中からのクレームに囲まれていたせいだとようやく気付くことができました。

 

さてゴミ同然の物を一通り捨てた所で第二段階の断捨離です。

愛着のある洋服や本などの捨てる理由のない物の処分は悩みます。

好きで買った着られる洋服、本棚にあると安心する本たち。

でもそれらの服も実際には袖を通さないし再び本を読むこともないのです。

 

よく自分の心の中を見つめれば、

かつて好きだったけれど今は出番がない物で、

好きな気持ちもあるけれど半分は重苦しい気持ちになるのです。

これが執着なんだなとわかった時、手放すことができました。

とは言えまだまだ執着が貼り付いて捨てられない洋服もありますが。

 

ここらで第三段階へと進んでいくなら思い出の品をどうするか見極めなくてはなりません。

写真や両親から貰ったけれどタンスの肥やしになっている物、青春の思い出品などなど。

これらも以外と場所を占領しているのですね。

ひとつづつ手に取り感じてみると自分とは時間軸がずれているのがわかります。

 

人形などは供養して処分、

両親から貰ったものは物を捨てても愛情は受け取った、

捨てても親の愛を捨てたわけではないと確認して手放して行けそうです。

 

物に思いを乗せてしまって重たくなった数々の品物、

手放すことで心も身軽になり新たな時間軸を築いていけたらという希望が出てきました。

断捨離って深いものですね。



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