写真など思いでのあるものの捨て方

幼い頃から撮りためてたくさんになってしまった写真の選別、

断捨離をためらう人は割りと多いと思います。

 

他のものとは別物、思い出を捨てることを強烈に意識してしまうため、

ついつい後回しにしてしまいがちですが、

取りかかってしまえば、時間はかかるものの、

終わったときにとてもすっきり、さっぱりした気持ちになるものでもあるんです。

 

年を重ねている人なら、昔は今のようにデジカメで何枚も連写して

あとからベストショットだけを残せるような時代ではなかったかと思うので、

手元に残った写真の中にはたいてい、

どうしてこのアングルで撮ったのだろう、これは一体誰なんだろう

というよくわからないものがたくさん発掘されます。

 

でも、それはさーっと通りすぎ、

いつも懐かしむのはやはりきちんと顔が写っている、エピソードが思い出される、

とてもいい表情が切り取られているものばかりだと思うんです。

 

どの写真の思い出も全部が全部、

鮮明にその時のことが思い出されるものではないんだということを

少し手を止めて考えるだけで、自然と要る、要らないの判定は出来ていくのです。

 

もし一度でできないくらいの膨大な思い出が残っていたとしても、

おそらく半分にまで減らすことは意外と簡単にできます。

そこからまた半分に減らす作業は改めて時間を作る、という風に、

一度にやりきらず、時間をかけてもいいものだと割りきってしまうのが、

しんどくならないコツだと思います。

 

また、もしあなたが自分の過去の思い出に執着しすぎて何一つ捨てられなかったとしたら、

没後残された遺族は更に膨大な思い出を抱えることになってしまうんです。

遺品として整理するのと、自分である程度整理するのとでは、重みが違います。

少しでも懐かしんでもらえるために、自分のものを残していたいなと思ったら、

まずはその量を適正にすべきだと思います。

 

なんでもかんでも残された方は、それでも遺品なんだから、

全部故人が大事にしていたものだからという思いで捨てられなくなります。

その前に、これだけ、と決めておけば、見返して懐かしむこともできます。

 

遠目のもの、同じ場所で何ショットもたち位置を変えて撮っているだけ、

風景のみの写真が何枚も出てきた、なんていうときも、

その中で一番よく撮れているものだけがあれば充分です。

 

ひとつの旅行で何枚くらい残そう、と決めるのもおすすめです。

例えば、運動会の写真は毎年あるけど、

一学年だいたい何枚、1競技一枚でも開会式から閉会式までで何枚になるでしょうか。

 

思い出なんだから!もう返ってこない時間なんだから

と固く考えず、頭の中の記憶を呼び起こせる材料となれば充分なんだ

と考え方を変えてみてはどうでしょうか。

意外にたった数枚の写真でも記憶は蘇るものです。



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