家は生きている人間に必要だと考えてから家族の物を断捨離できるようになった

祖母が亡くなって10年が経ちました。

祖母とは生まれた時から一緒に暮らしており、

生前から物を大事にする人であることはよく知っていましたが、

亡くなって遺品の山を目にしたとき、その量もさることながら、

どれもがどこかで見た記憶のある品々であることから、

触る気にも処分する気にもならず、そのままにしておきました。

 

亡くなった祖母の物を含め、家族の持ち物の断捨離を考えるようになったきっかけは、

家に補修の必要が生まれたことでした。

 

私の現在の住まいは、祖父が手に入れた建売住宅です。

家の作りは木造モルタル2階建で、そろそろ築40年を迎えようとしています。

まだ耐震補強もしていませんので、単なる老朽化に加えて、地震の心配も尽きません。

 

それで、まず家の状態を点検することから始めようとしたわけですが、

押入や物置に満杯状態の祖母の残した荷物に阻まれ、

容易に床や壁、天井板の状態さえつかめない有様でしたので、

さらに補修を加えることはそのままの状態では不可能でした。

 

ちなみに祖父は祖母より四半世紀早く他界していましたので、

祖父の遺品はほとんど祖母が断捨離を済ませていました。

そのおかげで、祖父の遺品については目にすることはありませんでした。

したがって、祖母の残した物の整理が、私が始めて体験する断捨離だったのです。

 

亡くなって10年が経ったからといって、

幼少時から一緒だった祖母の残したものを、

簡単に処分することなど出来るものではありません。

出来れば触りたくない、見たくない、他の誰かに押し付けたい、

それが本音でした。

 

ところが、今の家に祖母を知る肉親は居ません。

わざわざ遺品を整理するために呼びつけることも出来ません。

 

その一方で、家の補修は喫緊の課題です。

とりわけ祖母の荷物の中には衣料品や瀬戸物などが多く、かなりの重量であるため、

それによって押入の床が抜けかけていることははっきりしていましたので、

家を壊さないために断捨離をするしかないと意を決したのです。

 

まず手始めに茶箱の蓋を開けてみると、キレイに畳まれた夥しい数量の布地が出て来ました。

しかし、多くは10年以上の歳月で変色していたりして、

そもそも使えるようなものではありませんでした。

瀬戸物と思っていたものは、かつて一度は目にしたことのある、コップや湯のみでした。

そうしたものを新聞紙などに一つ一つ包んでは、ダンボールに保管していたのでした。

 

家族の持ち物を断捨離しにくいのは、何が出て来るか分からない不安と、

出て来たものに見覚えがある場合に起きる、

抑えがたい感情を味わいたくないからではないでしょうか。

それが嫌だから置いたままにしてしまうような気がします。

少なくとも私はそうでした。

 

断捨離を可能にしたのは、家は生きる人間のために必要だから、

亡くなった家族の物がそれを壊しかねないなら、

それを処分することを、故人も許してくれるだろうと考えたからです。

 

そうした大儀を持つことで、祖母の残した物を次々とビニール袋に詰め込み、

普通ゴミや不燃ゴミ、粗大ゴミとして処分することが出来ました。



断捨離 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL