振り子時計、目覚まし時計、置時計、
温度計、彫像、置物、トロフィー、
動物の剥製、造花の花束、フレームに入った写真
などなど。
これらはホコリの温床であり、見る人に雑多な印象を与えます。
お中元やお歳暮、冠婚葬祭の引き出物など、
自ら好んで購入したものではなく、
「他人の好みで選んだ物」もたくさん家の中にあるはずです。
もしこれらの物が不幸にも家事や洪水で消えてしまったとしたら、
あなたは代用品を考えますか?
それらは空間をただ埋めているだけではなかったでしょうか?
今は何でも、どこでも買うことができる時代です。
ある調査によると、旅行者はその旅行予算の4分の1を
土産やプレゼントに出費しているようです。
でも、それらが旅行の思い出の全てではないはずです。
旅からは物以上のものを持ち帰ることができます。
それは感動、印象、経験、そして実際の体験です。
どうしても処分する踏ん切りがつかない場合は、
これらの物をリビングの一番目立つところの置きましょう。
それを日々眺めていて、あっという間に飽きるようなことがあれば、
それはきっといらないものです。
人からもらった物を捨てるのは、誰でも心苦しいものだと思います。
これは、「頂いた物 = 相手そのもの」という想いがあるからでしょう。
でも、当たり前のことですが、物は相手ではありません。
物を贈る、ということに気持ちが込められているのであって、
物そのものが相手の気持ちなのではありません。
物を贈る、贈られるという行為だけで、本来は全て完結しているのです。
物はあくまでも気持ちを伝える媒体にすぎない、ということです。
そのプレゼントが気に入って使っていたとしても、
あなたが判断に迷うということは処分の時期なのです。
プレゼントしてくれた人も、このようなことであなたを悩ませていると知ったら
残念に思うに違いありません。