断捨離を意識しだして変わったこと。

今回はおもに、「モノを捨てて(減らしてみて)」変わったことについて書かせていただきますね。

(断と離にもおそらく、つながっているのではないかと思います)

 

最初は、本当に少しずつ。

明らかにゴミといえるものだけを処分していたとしても(紙屑とか)

だんだんと、捨てることが上手になっていき、どんどん、減らしたくなると思います。

捨て快感というか(笑)

 

どんどん部屋がすっきりし、断捨離も終盤になるころ?

ひとまず、家じゅうのいらない「モノ」がなくなったころに意識しだしたのですが、

「人からの目が気にならなくなってくる」というの、あると思います。

どういうことか。

モノを減らしていく中で、だんだんと、「一般家庭には普通に置いてありそうに言われているけど、

自分の生活に必要か?いらないのではないだろうか?」と、

モノについて吟味しだすときがやってくると思います。

 

例えば、台所洗剤、洗濯の際の柔軟剤。

シャンプー類とかも、いらない人はいらないかもですね。

それを処分しだすとき、だんだんと、「台所洗剤を置いていないおうち」

という少数派の自分を選択することが出てくるかと思います。

 

わたしが思うに、まぁ、だいたいのおうちって、台所洗剤って使われていますよね。

「誰か来た時に、台所洗剤なかったら引かれるかな?」

「無いって変かな」などという葛藤を越えて、

「いや、やっぱいらないや!」って、えーいと、(そのジャンルでは)少数派に飛び込むわけです(笑)

それを繰り返していると、だんだん、もや~っとある常識を疑ってみたり、

ふんわりしている当たり前から「はみ出す勇気」がどんどん積もっていくんですね。

すると、なんとなく、持ってるモノも格段に少ないし、10人いたら9人くらいの人が費やす慣習とかも、

自分が必要ないと思ったらやらなくなってくるし、

乱暴な言い方をしたら、「ちょっとヘンな人」にどんどんなっていくわけです。

 

はじめこそ、なんだか気持ち悪い、居心地悪い感じがするかもしれませんが、だんだん気づいてくるんですよ。

実は、はじめから、そういう慣習とか、常識とか、当たり前とか、

人目とか世間って蜃気楼みたいなもので、実体とかなくって、

いちいちその架空のものの顔色を見ながら生きていかなくてもいいんだなって。

 

そうなると、すっごい自由で、ラクです。

おそらく、これも、どんどんそっちのラクな世界が広がってくるんだと思います。

ちょっと抽象的な話になってしまったかもしれませんが、断捨離による、心のメリットのお話でした。



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