思い出の品もきっかけさえあれば、断捨離出来る

もう2年近く経ちますが、思い出の品を断舎離しました。

きっかけは母の死でした。

母の遺品整理は、中々辛い作業でした。

母の体温が残っているような品物を処分する自分が冷たい人間のように思われてなりませんでした。

でも遺品の数々を残しておけば、最終的に私以外の誰かが処分をすることになります。

その誰かは私の娘たちかも知れません。

そう考えると、やはり私がやるしか無いと思い、母の遺品を処分しました。

 

それが終わると自分のことに目が向いたのです。

私はまだ50代で、まだ当分この世にいるつもりです。

ですが、自分がいつこの世からいなくなるのかは、誰にも分かりません。

母もあっという間にこの世からいなくなりました。

私も後始末をする誰かが、少しでもやりやすいようにしておきたいと思いましたし、

余り他人に見せたくない物は今のうちに片付けたいと言う気持ちが出てきたのです。

 

最初に私が断舎離したのは、思春期から結婚する頃までの、いわば青春時代のアルバムでした。

青春時代のアルバムは見返すことも無く、納戸の片隅に置きっぱなしになっていたのです。

ゴキブリが這った茶色い跡まで付いていました。

私はもう青春時代に未練は無いと判断して、すべて写真は剥がして燃えるゴミの日に出しました。

私の住んでいる地域は、写真は資源ごみに出せないからです。

45Lのごみ袋が2つパンパンになりました。

もちろん中は見えないように新聞紙などでカバーしました。

 

それから結婚式の時に頂いた電報を処分しました。

この祝電は押し花などをあしらった美しいものでしたが、やはり見返すこともなく、

美しいからと言って部屋に飾るわけでもなく20年以上が経過していたので処分しました。

これは資源ごみに出しました。

私と夫のそれぞれが生まれた日の新聞と言うのも、

結婚式の日に頂いたのですが読まないまま納戸に置かれていたのでやはり資源ごみに出しました。

 

結婚式の披露宴で使った大きなキャンドルも捨てました。

結婚記念日に灯して下さいと、式場から頂いたのですが、灯しませんでした。

大きくて邪魔だったのです。

停電の時に使ってみたのですが、キャンドルの背が高すぎて明かりとしては不適当でした。

他に使いみちが無いので処分しました。

これは燃えるごみの日に出しました。

 

本当にこんなことを書くと冷たい人間と思われそうですが、

私としては20年以上も持ち続けていたのですから、もう勘弁して下さい、と言う気持ちです。

ある物を片付けられないとか、捨てられない場合は心のどこかに思い込みがあるのではないでしょうか。

くれた人に悪いとか、思い出は大切にするものだとか・・しかし自分にとって大きな出来事があれば、

その思い込みも壊れます。

それが私にとっては母の死と遺品整理だったのです。

 

思い出の品は、捨てた所で何も困りませんでしたし、後悔もありませんでした。

却って洋服やアクセサリーだったら、どこかに売れないかなどと考えてしまって、面倒なことになったでしょう。

思い出の品はそうしたことは出来ませんから、思い込みさえ無くなれば、スッキリと処分することが出来ます。

家族に文句を言われることも、ほぼ無いでしょう。

断捨離の第一歩としては最適だと思います。



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