無理をして生きるのやめました。

わたしが捨てたもの…無理して付き合っていた友人、仕事。

 

わたしは古い友人、7人グループの中の一人です。

定期的に女子会のような会合が催されます。

わたし以外の誰かが会合の言いだしっぺです。

”わたし以外の誰か。”

 

平日の仕事帰りに集まったり、土日などの休みの日にも集まったりします。

正直、「仕事のあとは家でゆっくりして、早めに寝たい。」、

「休日は家族やパートナーと一緒に過ごしたり、一人で”ボーッ”と過ごしたい。」

というのが本音です。

 

たまにならいいと思うんですが、月に4、5回も集合をかけられると憂鬱でした。

それも気が合う仲間だったら、何も感じないんでしょうけど…。

 

気付いた頃から、「話が合わないなあ。」、「考え方が違うなあ。」、

「笑いのツボが違うなあ。」、「つまらないなあ。」

と思うようになっていました。

 

でも、昔から自分の気持ちをうまく伝えることが苦手なわたし。

「古い付き合いだし、これからも長く付き合っていかなくちゃいけないんだ。」、

「”ノリ悪い”って影で悪口言われるのもヤダなあ。」と思い、

イヤイヤ会合に参加していました。

 

そんな日々を送ること数年、長年イヤイヤ勤めていた会社を辞職して、

少しの間のんびりニート生活をすることに。

私の人生、”イヤイヤ”ばかりだなとつくづく思い、

思い切って”仕事”を捨ててみました。

 

仕事を捨ててのんびり過ごすことは簡単でしたが、

のんびりしている期間にでも襲ってくるのは”古い友人からのグループライン”です。

次の会合の日時を話し合うのはもちろん、

グループラインなのに1対1のやり取りをしたり、

日常の愚痴からどうでもいい内容の発言まで様々でした。

中には人の悪口の発言も。

見ているこっちは気分がよくありません。

 

次第に「友人の発言には返信しなくては。」と思っていた私ですが、

通知をOFFにしグループラインからは自然にフェードアウトしていきました。

友人から「嫌われてもいいや。」そう思えるようになったのです。

不思議と心が楽になりました。

「人から好かれなければいけない。」という呪縛から解放された瞬間です。

 

そして、勢い付いたわたしは、スマートフォンの機種変更を期に

ラインを使用することをやめました。

ラインをやめても、メールや電話で友人から会合の連絡が来るか試してみたかったのです。

 

ラインをやめて4ヶ月、7人中3人から4回のメール及び電話が来ました。

不思議と寂しくはなかったです。

本当の友人とは何か考えたり、

自分の中の”友達の基準”みたいなものを見つけられた気がします。

そして何より、毎日が清々しいのです。

自分らしく生きているような気がするのです。

 

「好かれなければいけない。」という気持ちを抱く関係は窮屈です。

思い切って手放して良かったと思いました。



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